牛カツダイアリー

時にはダウナーにいきましょう。

28/05/2017

5月。皐月。雨と晴れ、春と夏の間を繰り返しながら日照時間を長め、太陽をジリジリと日本列島に近づけてゆく季節である。前回の日記からひと月半も空いてしまった。しまった、とは言っても、この日記を待っているであろう人など実在するのか否かさえわからないので皆さんにはなんの差し支えも無いだろうが、日々の備忘録、ひいては虚しく忘れ去られゆくカメラロールに保存された毒にも薬にもならぬ写真の数々の墓場としてこの駄文を連ね続ける筆者にとってはひと月半も供養を怠慢しているのは由々しき事態である。しかも、前回の文を格好つけてくるりの「太陽のブルース」で締めくくってしまっているのでこれではくるりの皆様に示しがつかない、と勝手に焦りを感じて筆を執った。

 

しかし、(本人たちにとっては殆迷惑である、勝手な)焦燥感に突き動かされて40余日振りにはてなブログのアプリを開いたは良いが、全く日記にすることが見当たらない。どれだけ平々凡々な日常を送っていたのだろう。

完。

で終わるのもなんだか物悲しいので、もう少しこの駄文にお付き合い頂きたい。

 

 

「ソルファ」

ソルファ。

ASIAN KUNG-FU GENERATIONセカンドアルバムであり、2016年に再録盤もリリースされたアジカンの名盤である。今回は数日前に衝動買いした、そんな名盤「ソルファ」のアナログレコードの写真を交えながら、自分自身のソルファに対する思い入れを綴りたい。

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「ソルファ」ジャケット。最近はもっぱらストリーミングサービスの利便性に溺れていたが、本当に好きなものはフィジカル媒体で手に入れるというポリシーのもと、通販で3500円前後で手に入れた。

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重厚感のある12インチジャケットを開くと現れる、ゴッチの代名詞とも言えるワインレッドのレスポールスペシャルを模した洋服に身を包んだ少女と「Solfa」模様に絡まったヘッドフォンのシールド。

 

アルバムタイトルであるソルファ(Sol-fa)は、英語でドレミファの音階を意味する。ボーカルであるゴッチが偶然辞書で発見したそう。やっぱりアジカンのボーカルなだけあって辞書開く動作1つとっても持ってる。自分は英語の辞書なんて授業中にくだらん下ネタ英単語調べて暇つぶしにしたことしか無い。

「ソルファ」の収録曲には、Oasisへのリスペクトが随所に込められた「振動覚」、アジカンの最大のヒット曲である「リライト」、もはや説明不要の「海岸通り」などの名曲が立ち並ぶ。

「ソルファ」との思い出は、遥か高校1年生の頃に遡る。その頃のアジカンへの印象は、「ハガレンの人」「イケてないボーカルの人」「ハガレンの人」で、敢えてアジカンを能動的に聴くことを避けていた。別段嫌いだったわけではないが、その頃の自分の脳内には、「BUMP派」「RAD派」「アジカン派」が三国志の如く鎬を削っており、そのいずれも相容れぬものであるという妄想が広がっていた。当時「BUMP派(蜀)」だった自分は、時折「RAD派(呉)」に浮気しつつも、「アジカン派(魏)」を敬遠していたのである。くだらん。

そんな三国時代にピリオドを打ったのは、当時のアジカンのニューアルバム「ランドマーク」だった。日本語のトリックを巧みに使った

「All Right Part2」、 「漕ぎ出せ」のコーラスと共に夜の街を自転車で彷徨い走った思い出のある「バイシクルレース」など、当時16歳の少年の心の中の、中二病の残りカスに触れるものばかりだった。タワレコの視聴機で「それでは、また明日」を聴いた時からゴッチの粘り気のある声が耳から離れなくなってしまった。16歳、の少年はTSUTAYAへ自転車を飛ばした。アジカンのアルバムを全てカゴへ放り込み、7泊8日1000円の旅へ出かけた。

しかし、16歳の阿呆少年はそこから数ヶ月、「ランドマーク」以外のアルバムを聴かなかった。他のアルバムに手を出すには「ランドマーク」の衝撃はあまりにも強すぎたのだった。しかしそんなランドマーク一強時代に一石を投じたのが、当時幼い恋心に悶える少年が帰りのまばらな準急列車で偶然聴いた「君の街まで」だった。

「切なさだけで 悲しみだけで 君の街まで 飛べりゃ良いのにな」と気だるげに歌うゴッチの言葉は、酸っぱいけど嘘くさくない、ガキ臭いけど野暮ったくない、青春そのもののように聴こえた。

それから少年は「ソルファ」の虜になった。ある時は口惜しさを「振動覚」と共に原動力に変え、「海岸通り」と共に変わりゆく季節に一喜一憂し、「Re:Re:」と共に返信待ちのもどかしい時間を過ごした。

粒立ちの粗いギターやゴッチの喉を突き破るような歌声、とにかく耳元0距離で鳴る音全てに惚れ惚れとした。

結局、切なさと悲しみだけでは君の街までは飛べなかったし、当時から5年の月日が経った今もまだ夢のような場所へも飛べていないけれど、毎年、海岸通りには春が舞う。新しく手に入れたレコードの中ではゴッチが60秒間に45回転の存在証明を鳴らしている。

 

今回はこんなところで、夜の向こうへ思いを馳せながら終わりにしようと思う。

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いつかの、3通りめのソルファ。

転がる岩、君に朝が降る

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その通りだよな、お母さん。