牛カツダイアリー

時にはダウナーにいきましょう。

22/09/2016

曲がりなにりにも20年生きてきた。

一度も死にかけることなく、一度もお医者さんに泊まり込みでお世話になっとこもなく、概ね健康に19歳9ヶ月まで育ってきた。これまでで一番大きな体調不良といえば、小学四年の頃に海をプカプカ漂っていたタコを真水にさらしてその場で生きたまま食った時の食中毒。そんなもんでここまで生きてこられた。

 

ほぼ20年生きてきて、毎朝感じるのは後悔だ。ここ数年、相当無理して早起きした時以外に、自分の思考が最も明瞭になるのは通学路である。その明瞭な思考の大半を、ここ数年後悔に使い続けている。

後悔と言っても大した後悔は無いように感じる。「好きだった子に好きって言えてたらなぁ」とか、「もっと上手に人間関係を立ち回れたらなぁ」とか。今生きてる人の大半が感じてそうな、そんな凡庸な後悔である。

どうしてこんなしょうもない、凡庸な後悔のために自分にとっては貴重な明瞭な思考を無駄遣いするのかふと考えたことがある。

きっと、今の自分は余裕があるんだと思う。自分の恵まれた現状に甘んじているから、大したことない過去にいつまでもうじうじ時間を使えるのだろう。きっと今日を生きることで精一杯なら、後悔なんかしてる暇ないだろう。

そう考えると、朝のなんの生産性もない後悔にも向き合える気がする。

でもそろそろ卒業しないといけない気もする。俺だってもっと今を生きたい。

 

 

 

自己啓発みたいな薄ら寒い文を書いてしまった。なんじゃこりゃ。

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東京、秋。